Right Brothersが転職の支援をさせていただいた方に、これまでのご経歴や転職活動を振り返って印象に残ったエピソードなどを伺う連載企画『Bridge』。今回はM&Aテクノマージコンサルティング株式会社に転職を決められたY.Nさんにお話を伺いました。
Y.Nさん
埼玉県出身。小学校からサッカーを始め、高校で親もとを離れサッカーの強豪校へ進学。
その後、神田外語大学在学中に1年間の語学留学を経て、新卒で外資系総合人材サービス企業へ入社。2020年からはフリーランスとしてサッカー関連の事業に携わり、2022年から大手総合サービス企業の旅行事業の海外推進部を担当。現在はM&Aテクノマージコンサルティング株式会社にてM&Aアドバイザーに従事。
見えないところでの努力
ー 本日は宜しくお願いします。なぜY.NさんがM&A業界への転職を決断されたのか、そのルーツに迫っていければと思います。
宜しくお願いします!
ー さっそくですが、小さいときはどんな子供でしたか?
4つ上に兄がいて、小さいときはずっと兄にひっついて遊んでいましたね。小学1年生の時に学校の少年サッカーチームに入ることにしたのですが、それも兄の影響でした。手前味噌ではありますが、小学生のときは勉強もスポーツも割とそつなくこなすタイプだったと思います。ただ、サッカーのリフティングだけは全然できなくて、自分にも苦手なことがあるのだとその時に悟りました(笑)。
リフティングも少し頑張ったらできるようになったので、この時に苦手なものとの向き合い方を自然に身につけたんだと思います。気合い入れて克服するというよりは、淡々と練習をすることで自分なりに苦手を克服していきました。
自分的にはすごく頑張っていましたが、黙々とやっていたのもあり、周囲からはあまり努力しないでもできると勘違いされることが多く、少しジレンマを感じる時もありました。
ー サッカーはずっと続けられていたのでしょうか?
中学ではJリーグの下部組織へ入りたいと思っていましたが、小学6年生の時に怪我をしてしまい、最終試験で受かることができませんでした。他にも受けていた県内のトップクラスのクラブチームの試験には合格したため、クラブチームに所属しつつ学校の部活の陸上部も兼任することにしました。
サッカーの練習では、練習の中で120%のパフォーマンスをだせるように量よりも質を重視して取り組んでいたのですが、その練習方法を陸上にもうまく応用でき、陸上の大会でも結果を残すことができました。
サッカーでは県大会ベスト4までいくことができましたが、振り返ってみると中学の時はメンタルの浮き沈みと闘うことが多かったと思います。
ー どんなことが、メンタルに影響したのでしょうか?
自分自身への過度な期待が大きかったのだと思います。当時は完璧主義だったこともあり、自分の見積もりよりもパフォーマンスが出せなかった時に、すごく落ち込んでしまっていました。
初めは中々気持ちをコントロールできませんでしたが、そんな時は焦らずに落ち込んでいる自分を素直に受け入れるようにしました。試合での一つの良いプレーが自信に繋がり、それを積み重ねることで気持ちが上がっていくのを待ちました。
ー その後の進路を教えていただけますか?
高校ではサッカーをやらない選択肢も考えたのですが、中学での悔しい経験を踏まえて高校でもう一度頑張りたいと思い、地元よりも選手権に出場できる可能性が高い栃木の高校へ進むことにしました。
最終的に在籍中に県大会準優勝という結果は残せましたが、自分が目指していたところまではもう一歩届きませんでした。引退後は大学で英語を学びたいという気持ちから、英語の学習環境が整っている神田外語大学に進学を決めました。
ー 語学に力を入れたのですね。
小・中・高とサッカーと真剣に向き合ってきましたが、大学では勉強7割、サッカー3割ぐらいで楽しみながらやりたいと考えていました。大学2年生の終わりには、ワーキングホリデーでオーストラリアに1年間留学し、語学にも自信をつけていきました。
帰国してからはより多くのことを吸収しようと、様々なアルバイトを掛け持ちしてとても充実していました。就職活動では語学と海外での経験を評価していただき、外資系の総合人材サービス企業に内定をいただき、新規部署に配属されることになりました。
「組織・人」の重要性
ー 社会人生活はいかがでしたか?
新規に立ち上がった部署だったので、本当に一から創っていく感じがありました。事業規模自体は小さかったのですが、在籍中には事業所長としてその事業を任せていただけましたし、営業もバックオフィス業務も関係なく携われたこともあって、物事を俯瞰的に捉え判断できる力というのが培われたと思います。
一方で、2020年の新型コロナウイルスの影響で事業部の人員を削減しなければならなくなったのですが、自分で採用したメンバーにも関わらず、自分の力ではどうにもならず、雇用を守ることができなかったんです。
無力感に苛まれていた時、上司に「感情に流されず、心を鬼にしてやるべきことを粛々とやらないといけない。その歯痒さを忘れずにお客さんのために頑張りなさい」という言葉をかけていただきました。その言葉がとても記憶に残っていて、つまづいた時はその言葉を忘れずに今後も仕事に取り組んでいきたいと思っています。
ー その後のキャリアを教えてください。
家族の事情やサッカーに携わる仕事への情熱が高まり、1社目の会社を2020年9月に退職して、フリーランスとして働き始めました。語学を活かし、海外遠征してプロのサッカー選手と一緒に仕事をしたり、サッカー関連のメディアへの出演だったりと、学生の時に夢見た選手としてではありませんでしたが、別の形でサッカーに仕事で関わることができました。
約2年間フリーランスの仕事をし、その後は大手総合サービス企業に入社し、旅行関連事業の海外推進部を担当することになりました。
主には一次対応では解決できない事案を扱い、国内外問わず関係各所との調整を行う業務を行っていました。1社目でも働く上で、「人や組織」に重要性を置いていましたが、この時もその気持ちは変わらず、どうやったらもっと組織をよくできるのかを考え、よりよい組織作りのために働きかけていました。
可能性が広がったオフラインイベント
ー M&A業界になぜ興味をもたれたのでしょうか?
転職活動を始めた当初は組織人事コンサルなどに興味を持っていたのですが、そのタイミングでRight Brothersの大澤さんからスカウトのメッセージをいただいたんです。大澤さんとの面談でM&A仲介について理解が深まり、興味も大きくなっていきました。
自分の人生を振り返ってみると、顧客の事業承継問題や、前職で体感した雇用の重要性がM&Aという分野に結びついていき、組織人事コンサルよりもM&Aの方が自分が周囲に与える影響範囲が大きいと考えました。
大澤さんは、M&A業界の情報提供に留まらずに「自分が何をしたいか」という一番最初の意思決定の部分をしっかりと掘り下げてくれたので、この答えに辿り着けたのかなと思います。その後、M&A仲介企業が集まるイベントへお誘いいただいて、参加することにしました。
ー M&AテクノマージコンサルティングさんとはRB BASEのイベントで会われたんですよね?
イベントに参加する前は「M&Aテクノマージコンサルティング」という会社について全く知りませんでしたが、その場で同社の杉谷さんと話す機会を得られました。杉谷さんは、これまでどういった事をしてきたのかを深く聞いてくださり、色んな側面から見てくださっていたように感じました。
M&A仲介企業の面接の場面では、営業マンとしての実績等を重視する会社が多い中で、その部分だけではなく「なんでも屋」のような経験をしてきた点を評価してくださったことがとても嬉しかったのを覚えています。
ー イベントに参加してよかった点などはありますか?
書類選考よりも先に会えるという点ですね。書類を見てから会うのと、会ってから見るのとではやはり印象は変わると思っています。先入観がない状態で、実際にお会いして話せるというのは求職者側にとって大きなメリットなのかなと思います。
あとは、自分に合った企業と出会えたことですね。参加しなかったら出会えていなかったかもしれないので、運がよかったのだと思います(笑)
ー 入社後の目標などはありますか?
会社自体がまだできたばかりであり、組織を創っていくフェーズから携われる事が楽しみです。今までの経験から貢献できる部分もあると思っています。そのためにも、まずはしっかりと成約数を積み重ね、組織に対して良い影響を与えられる存在になっていきたいです。
ー 入社後のY.Nさんの活躍を楽しみにしております。本日はありがとうございました。
はい、頑張ります!ありがとうございました。